沈思雑考Blog

ソレイユ経営法律事務所の代表である弁護士・中小企業診断士
板垣謙太郎が日々いろいろと綴ってゆく雑記ブログです。

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239)教育勅語、何の教材?

森友学園問題で、突如、
クローズアップされることになった「教育勅語」。

もちろん、その内容は、日本国憲法とは相容れない。
だからこそ、1948年(昭和23年)6月、
衆議院で「教育勅語等排除に関する決議」がなされ、
参議院で「教育勅語等の失効確認に関する決議」がなされた。

にも関わらず、本年4月3日、
菅官房長官は、記者会見にて、
「教育勅語を教材として使用することは否定されない」
などと言い放った。

加えて、本年4月4日、
教育行政トップの松野文部科学大臣は、
「教育勅語を使ってはいけないと私が申し上げるべきではない」
などと、訳の分からない発言をした。

いやいや、あなたが言わなくて、誰が言うの?

さらには、本年4月7日、
義家文部科学副大臣は、衆院内閣委員会で、
毎日の朝礼で幼稚園児が教育勅語を朗読することにつき、
「教育基本法に反しない限りは問題のない行為」
などと答弁した。

いやはや……、である。
教育勅語を模範とすること自体、教育基本法違反なのにね。

国権の最高機関である国会が否定したものを、
内閣が簡単に覆してしまうという、この感覚。

国家の最高法規である憲法を、
内閣の「解釈」で勝手に変えてしまうのと同じ感覚だ。

安倍内閣の「バランス感覚の無さ」が、またも露呈したね。

さて、そんな中、作家の高橋源一郎氏が、
8回に渡り、ツイッターで、教育勅語の「現代語訳」を発信し、
ネット上でも注目を集めている。

この現代語訳については、右派からは、
イデオロギー的に「偏りすぎだ!」との批判もあるが、
私個人としては、このくらいで妥当だと思う。

教育勅語が、その歴史的評価として、
「全体主義」遂行のための道具に利用されたことは、
間違いないことだし、本質をついた現代語訳だ。

以下、高橋源一郎氏が8回に渡って発信した内容を、
教育勅語の原文と対応させる形で引用させて頂く。

(引用はじめ)

【原文①】
朕(ちん)惟(おも)フ(う)ニ
我(わ)カ(が)皇祖(こうそ)皇宗(こうそう)
國(くに)ヲ肇(はじ)ムルコト宏遠(こうえん)ニ
德(とく)ヲ樹(た)ツルコト深厚(しんこう)ナリ

【高橋源一郎氏の現代語訳①】
はい、天皇です。よろしく。
ぼくがふだん考えていることをいまから言うのでしっかり聞いてください。
もともとこの国は、ぼくたち天皇家の祖先が作ったものなんです。
知ってました?
とにかく、ぼくたちの祖先は代々、みんな実に立派で素晴らしい徳の持ち主ば
かりでしたね。

【原文②】
我(わ)カ(が)臣民(しんみん)
克(よ)ク忠(ちゅう)ニ
克(よ)ク孝(こう)ニ 

【高橋源一郎氏の現代語訳②】
きみたち国民は、いま、そのパーフェクトに素晴らしいぼくたち天皇家の臣下
であるわけです。
そこのところを忘れてはいけませんよ。
その上で言いますけど、きみたち国民は、長い間、
臣下としては主君に忠誠を尽くし、
子どもとしては親に孝行をしてきたわけです。

【原文③】
億兆(おくちょう)心(こころ)ヲ一(いつ)ニシテ
世(よ)世(よ)厥(そ)ノ美(び)ヲ濟(な)セルハ
此(こ)レ我(わ)カ(が)國體(こくたい)ノ精華(せいか)ニシテ
教育(きょういく)ノ淵源(えんげん)亦(また)實(じつ)ニ此(ここ)ニ存(そん)ス
爾(なんじ)臣民(しんみん)
父母(ふぼ)ニ孝(こう)ニ
兄弟(けいてい)ニ友(ゆう)ニ
夫婦(ふうふ)相(あい)和(わ)シ

【高橋源一郎氏の現代語訳③】
その点に関しては、一人の例外もなくね。
その歴史こそ、この国の根本であり、素晴らしいところなんですよ。
そういうわけですから、教育の原理もそこに置かなきゃなりません。
きみたち天皇家の臣下である国民は、それを前提にした上で、
父母を敬い、兄弟は仲良くし、夫婦は喧嘩しないこと。

【原文④】
朋友(ほうゆう)相(あい)信(しん)シ(じ)
恭儉(きょうけん)己(おの)レヲ持(じ)シ
博愛(はくあい)衆(しゅう)ニ及(およ)ホ(ぼ)シ
學(がく)ヲ修(おさ)メ
業(ぎょう)ヲ習(なら)ヒ(い)
以(もっ)テ智能(ちのう)ヲ啓發(けいはつ)シ
德噐(とくき)ヲ成就(じょうじゅ)シ
進(すすん)テ(で)公益(こうえき)ヲ廣(ひろ)メ
世務(せいむ)ヲ開(ひら)キ

【高橋源一郎氏の現代語訳④】
そして、友だちは信じ合い、
何をするにも慎み深く、
博愛精神を持ち、勉強し、仕事のやり方を習い、
そのことによって智能をさらに上の段階に押し上げ、
徳と才能をさらに立派なものにし、なにより、
公共の利益と社会の為になることを第一に考えるような人間にならなくちゃな
りません。

【原文⑤】
常(つね)ニ國憲(こくけん)ヲ重(おもん)シ(じ)
國法(こくほう)ニ遵(したが)ヒ(い)
一旦(いったん)緩急(かんきゅう)アレハ(ば)
義勇(ぎゆう)公(こう)ニ奉(ほう)シ(じ)

【高橋源一郎氏の現代語訳⑤】
もちろんのことだけれど、ぼくが制定した憲法を大切にして、法律をやぶるよ
うなことは絶対しちゃいけません。よろしいですか。
さて、その上で、いったん何かが起こったら、
いや、はっきりいうと、戦争が起こったりしたら、
勇気を持ち、公のために奉仕してください。

【原文⑥】
以(もっ)テ天壤(てんじょう)無窮(むきゅう)ノ皇運(こううん)ヲ扶翼(ふよく)
スヘ(べ)シ
是(かく)ノ如(ごと)キハ
獨(ひと)リ朕(ちん)カ(が)忠良(ちゅうりょう)ノ臣民(しんみん)タルノミナラ
ス(ず)
又(また)以(もっ)テ爾(なんじ)祖先(そせん)ノ遺風(いふう)ヲ顯彰(けんしょ
う)スルニ足(た)ラン

【高橋源一郎氏の現代語訳⑥】
というか、永遠に続くぼくたち天皇家を護るために戦争に行ってください。
それが正義であり「人としての正しい道」なんです。
そのことは、きみたちが、
ただ単にぼくの忠実な臣下であることを証明するだけでなく、
きみたちの祖先が同じように忠誠を誓っていたことを讃えることにもなるんで
す。

【原文⑦】
斯(こ)ノ道(みち)ハ
實(じつ)ニ我(わ)カ(が)皇祖(こうそ)皇宗(こうそう)ノ遺訓(いくん)ニシテ
子孫(しそん)臣民(しんみん)ノ倶(とも)ニ遵守(じゅんしゅ)スヘ(べ)キ所(と
ころ)
之(これ)ヲ古今(ここん)ニ通(つう)シ(じ)テ謬(あやま)ラス(ず)
之(これ)ヲ中外(ちゅうがい)ニ施(ほどこ)シテ悖(もと)ラス(ず)

【高橋源一郎氏の現代語訳⑦】
いままで述べたことはどれも、
ぼくたち天皇家の偉大な祖先が残してくれた素晴らしい教訓であり、
その子孫であるぼくも臣下であるきみたち国民も、
共に守っていかなければならないことであり、
あらゆる時代を通じ、世界中どこに行っても通用する、
絶対に間違いの無い「真理」なんです。

【原文⑧】
朕(ちん)爾(なんじ)臣民(しんみん)ト倶(とも)ニ
拳拳(けんけん)服膺(ふくよう)シテ
咸(みな)其(その)德(とく)ヲ一(いつ)ニセンコトヲ庶(こい)幾(ねが)フ(う)
明治二十三年十月三十日
御名(ぎょめい) 御璽(ぎょじ)

【高橋源一郎氏の現代語訳⑧】
そういうわけで、ぼくも、きみたち天皇家の臣下である国民も、
そのことを決して忘れず、みんな心を一つにして、
そのことを実践していこうじゃありませんか。以上!
明治二十三年十月三十日
天皇

(引用おわり)

どうだろうか。
右派の人達から見れば、悪意に満ちた、
「けしからん!」現代語訳なのであろう。

ちなみに、ネット検索すると、
「国民道徳協会」なる団体の現代語訳が登場する。

次に、その現代語訳を引用しておくが、
ネット情報では、この団体の中心人物は、
どうも、右翼思想の持ち主らしい。

つまり、解釈というのは、
左右どちらの立場であれ、相当に恣意的なものなのだ。

(引用はじめ)

【国民道徳協会による現代語訳】
私は、私達の祖先が、遠大な理想のもとに、道義国家の実現をめざして、日本
の国をおはじめになったものと信じます。そして、国民は忠孝両全の道を全う
して、全国民が心を合わせて努力した結果、今日に至るまで、見事な成果をあ
げて参りましたことは、もとより日本のすぐれた国柄の賜物といわねばなりま
せんが、私は教育の根本もまた、道義立国の達成にあると信じます。
国民の皆さんは、子は親に孝養を尽くし、兄弟・姉妹は互いに力を合わせて助
け合い、夫婦は仲睦まじく解け合い、友人は胸襟を開いて信じ合い、そして自
分の言動を慎み、全ての人々に愛の手を差し伸べ、学問を怠らず、職業に専念
し、知識を養い、人格を磨き、さらに進んで、社会公共のために貢献し、ま
た、法律や、秩序を守ることは勿論のこと、非常事態の発生の場合は、真心を
捧げて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません。そして、これらのこと
は、善良な国民としての当然の努めであるばかりでなく、また、私達の祖先
が、今日まで身をもって示し残された伝統的美風を、さらにいっそう明らかに
することでもあります。
このような国民の歩むべき道は、祖先の教訓として、私達子孫の守らなければ
ならないところであると共に、この教えは、昔も今も変わらぬ正しい道であ
り、また日本ばかりでなく、外国で行っても、間違いのない道でありますか
ら、私もまた国民の皆さんと共に、祖父の教えを胸に抱いて、立派な日本人と
なるように、心から念願するものであります。

(引用おわり)

この現代語訳は、敢えて「皇室」という言葉を使わず、
「道徳」の規範として、教育勅語を訳していることが大問題。

道徳というのは、一定の「価値観」を基盤とする。

教育勅語の根本的価値観は、
「国家(君主) > 国民(臣民)」
「全体 > 個人」
ということだ。

要するに、いざという時には、
「一身を捧げて皇室国家のためにつくせ」
(旧文部省図書局の通釈)
というのが、教育勅語の「本質」だ。

ところが、日本国憲法では、
「国民(主権者) > 国家(為政者)」
「個人 > 全体」
という「真逆」の価値観に変わった。

この相容れない価値観の違いがあるのに、
教育勅語を教材として使うのがOKだなんて……。

日本史の教材として、
戦前教育を「批判的立場」で説くならともかく、
「道徳」の教材とされたのでは、たまったものではないね。

とにもかくにも、
日本国民全員が、次の格言を肝に銘じるべきだ。

「愚者は経験に倣い、賢者は歴史に学ぶ。」