沈思雑考Blog

ソレイユ経営法律事務所の代表である弁護士・中小企業診断士
板垣謙太郎が日々いろいろと綴ってゆく雑記ブログです。

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186)合法的ぼったくり

先日、警視庁が、新宿・歌舞伎町の6つの「ぼったくり店」を一斉摘発し、11人を逮捕したとの報道が流れた。
そのうちの1店では、客引きが「全部こみこみで4000円です」と説明したのに対し、1時間ほどの飲食で、合計266万円(!)もの大金を請求され、客が支払を拒絶すると脅迫行為に及んだとのこと。
警視庁によれば、歌舞伎町のぼったくりに関する110番通報は、先月末までで1350件にも上るそうだ。

ぼったくりという言葉は、「暴利」を「ひったくる(引き手繰る)」という意味だそうで、まさに、「暴利を奪い取る」凶悪犯罪だ。

歌舞伎町のぼったくり行為は、酷いの一言に尽きるが、こんな「ぼったくり」も何だか可愛く見えてしまうほどの究極の「ぼったくり」が筧千佐子容疑者の犯行であろう。

つい先日、3回目の逮捕となった筧容疑者だが、報道によれば、結婚相談所で資産家の高齢男性を見つけては、あの手この手で親密になり、総額10億円もの遺産を手にしたという。

まさに、小説「後妻業」(黒川博行著、文藝春秋刊)のまんまの犯行だ。
同小説は、私もkindleで読んだのだが、ホントに面白かった。
だが、これが「現実の物語」となると、ちょっとゾッとしてしまう。
筧容疑者は、この小説からヒントを得たとしか思えないのだが……。

後妻業というのは、結婚相談所で資産家の高齢男性にターゲットを絞り、親密な男女交際を経て、最終的には結婚して「後妻」となり、遺産を次々にゲットするという犯罪だ。
当然、業としてやっているワケで、ターゲットが短期間で死んでくれないと困る。
だから、時には交通事故や転落死を工作し、時には毒を盛るなどして、死期を早める操作をする。
実際、筧容疑者は、青酸化合物を飲ませるという方法で次々と殺害していったようだ。

で、結果的に、筧容疑者は、10億円もの暴利を奪い取ったのである。
まさに、究極の「ぼったくり」に他ならない。

ただ、筧容疑者の行為が犯罪とされるのは、あくまでも「殺害」に関してである。
無理にターゲットの死期を早めようなどと工作せず、ターゲットが自然死するまで待ち続ければ、筧容疑者が犯罪者とされることはなかった。
遺産目当てで後妻になること自体は、別に犯罪ではないし、現に、そういう「下心」のある人達は日本全国に一杯いるだろうからね。

まあ、親族から、ああだこうだと浴びせられる非難に耐える「図太さ」さえ持ち合わせていれば、後妻業は、短期間で楽して儲ける抜群の手段なのだ。

言ってみれば、遺産目当てで高齢男性の後妻になるというのは、相続という法制度を利用した「合法的ぼったくり」ということなんだね。

戦前の旧民法時代は、「男尊女卑」の思想が徹底していたので、そもそも、妻には相続権すら存在しなかった。
当時は、「家督相続」という制度により、「家」を代々守り続けることが至上命題であったので、一家の全財産は「戸主」に全て集中し、戸主の地位は、たった1人の相続人だけが引き継ぐものとされたのである。

戸主を引き継ぐことができるのは、原則、子や孫だけであり、男子優先、嫡出優先、年長優先という原則により、すべての子が身分的に差別されていた。

具体的な相続順序は、次のとおり。
1) 嫡出子男子のうちの年長者
2) 庶子男子のうちの年長者
3) 嫡出子女子のうちの年長者
4) 庶子女子のうちの年長者
5) 私生子男子のうちの年長者(女戸主の場合)
6) 私生子女子のうちの年長者(女戸主の場合)

ちなみに、嫡出子というのは、結婚している夫婦の間に生まれた子、庶子というのは、結婚していない男女の間に生まれた子で父が認知した子、私生子というのは、結婚していない男女の間に生まれた子で父が認知していない子(母子のみの親子関係)である。

見事なまでの身分差別だよねえ。
とにもかくにも、この時代、妻は後妻に入ったところで、遺産を手にすることもできないし、後から子供を作ったところで、その子が家督相続できる可能性も低いので、遺産をぼったくるという観点からは、後妻に入ることは、何ら「おいしい」ことではなかった。

ところが、戦後の新民法によって、妻にも、めでたく「相続権」が認められることとなる。
いよいよ、「合法的ぼったくり」としての「後妻業」の誕生である。

新民法制定当初、子がいる場合、妻の法定相続分は「3分の1」とされた。
それまでは、後妻になっても、遺産の欠片も手にできなかったのに、一気に、遺産の3分の1を手にすることができるようになった。
しかも、子供までできれば、その子は、遺産の3分の2を他の子らと均等に分け与えてもらえることとなったのだ。

そして、昭和55年の民法改正により、昭和56年1月1日以降の相続からは、妻の法定相続分は「2分の1」にまで引き上げられ、現在に至る。

例えば、遺産が3億、子供2人という高齢男性の場合、後妻に入ることで、労せずして、1億5000万円もの大金を「ぼったくれる」という計算だ。

一般的に想定される後妻業の手口は、4ステップ。

1)ファースト・ステップ
生命保険契約の受取人を自分に指定してもらう。
死亡保険金は、受取人が指定されている場合、その受取人固有の権利とされるため、遺産には含まれない。従って、保険金受領に関しては、遺族との紛争に巻き込まれない。
例えば、死亡保険金が3000万円の場合、遺産の分け前はゼロでも、3000万円はゲットできる。

2)セカンド・ステップ
自分に相応の遺産を与える旨の公正証書遺言を作成してもらう。
遺言は、遺族の「遺留分」(遺言によっても侵害できない相続人の権利で、通常は法定相続分の2分の1と考えればいい)を侵害しない限り、全て有効だ。つまり、ここまでしてもらえば、最大で遺産の2分の1はゲットできることになる。
死亡保険金と併せれば、1億8000万円を手にできる可能性あり。
筧容疑者は、子のいない高齢男性の場合には、婚姻しなくても、公正証書遺言を書かせていた。
子も親もいない場合、兄弟姉妹が相続人となるが、兄弟姉妹には「遺留分がない」ので、公正証書遺言を書かせてしまえば、100%の遺産を手中にできるのだ。

3)サード・ステップ
正式に婚姻して後妻の座につく。
これまでの2ステップは、ターゲットの気が変わってしまえば、いつでも取り消されてしまうものだったが、一旦、婚姻にまで持ち込めば、自らが「離婚原因」を作らない限り、そうそう簡単に離婚に追い込まれる心配はない。
従って、ここまでくれば、「ほぼ安泰」といったところだ。
そして、全財産を自分に与える旨の公正証書遺言作成に成功すれば、子供らが遺留分を主張したとしても、遺産の4分の3はゲットできることになる。
死亡保険金と併せれば、2億5500万円なり。
一方、仮に、夫と不仲になり、子に全財産を与える旨の遺言が作成されても、妻にも遺留分があるので、最低でも遺産の4分の1である7500万円は確実にゲットしたことになる。

4)ファイナル・ステップ
夫の間に子供を作る。
血縁関係がある子の場合、何をどうやっても親子関係が無くなる心配はない。
つまり、遺産が確実に手に入る度合という意味では、これが最強の手段だ。
たとえ自分が離婚に追い込まれても、その子は、遺産の3分の1である1億円はゲットできるし、遺留分もあるので、最低でも遺産の6分の1である5000万円は保障される。
そして、後妻の座を最期まで守り抜ければ、自分と子で、3分の2の法定相続分(2億円)を確保できたことになるし、遺留分によって最低でも遺産の3分の1(1億円)は保障される。
最も成功した場合として、全財産を自分に与える旨の公正証書遺言を書かせれば、他の子供らが遺留分を主張したとしても、遺産の6分の5はゲットできることになる。
死亡保険金と併せれば、2億8000万円なり。

まあ、遺産を早期にゲットするために、ターゲットの死期を早めるなんていうのは稀有なことなのだろうが、遺産目当てで後妻の座に収まったという人は、いくらでもいるはずだよねえ。

遺産相続というのは、究極の「不労所得」なワケで、「短期に楽して儲けたい」という人間の安直な欲求を駆り立てる魔力があるのだろう。
しかも、ターゲットが自然死の場合は、究極の「合法的ぼったくり」だからね。

というワケなんで、「後妻業」のターゲットにされたり、「争族」が勃発したりするほどの遺産なんて残さずに、セカンド・ライフにおいて、夫婦でシッカリ使い切る!!っていうのがベストなんすね。