沈思雑考Blog

ソレイユ経営法律事務所の代表である弁護士・中小企業診断士
板垣謙太郎が日々いろいろと綴ってゆく雑記ブログです。

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81)ビバ!防衛大!

 先週の土日、第59回防衛大学校開校記念祭に、家族全員で行って来た。
 
 なんで??
 と思われるであろうが、顧問先の社長の御子息(次男)が、今春、防衛大に入学されたので、是非ご一緒に!とのお誘いを頂戴したからだ。

 実は、社長のご長男も防衛大で4年間学ばれ、今春、めでたく卒業されている。
 ご長男が在学中にも、何度かお誘いを頂戴していたのだが、なかなかスケジュールが合わず、この度、ようやく初参加できたという次第。

 土曜日は、訓練展示(実演=展示と呼ぶそうだ)があり、日曜日は、メインイベントの観閲式(学生隊の整列行進)、プルーインパルスの展示飛行、棒倒し、グランドフィナーレと続いた。

 我々家族は、時間の都合もあり、棒倒しとグランドフィナーレは見ることが出来なかったが、それでも十二分に「満腹」といった感じであった。
 ナマで見る訓練は、まさに「ケタ違い」と表現するに相応しい「ド迫力」であり、本当に素晴らしいものを見ることができたと感激しきりであった。
 お誘い頂いた社長には、ただただ感謝・感謝である。

 さて、今回は、行事そのものに対する感動に加え、運命的とも呼べる「偶然」があった。

 防衛大は、2000名ほどの本科学生全員で「学生隊」を組織しており、学生隊は4つの「大隊」に分かれ、大隊は4つの「中隊」に分かれ、中隊は3つの「小隊」に分かれる。そして、1つの小隊は30~40名ほどで構成されるそうだ。

 今回は、社長にお誘い頂いて、いわば「受動的」に参加させて頂いた次第だが、「そう言えば、従兄の子が防衛大だったよなあ。」などという話になり、ためしに、社長の御子息に「板垣っていう上級生知らない?」などと聞いてみた。
 もちろん、ダメもとで。
 2000人もいたら知ってるはずもないよなあ、と思いつつ。

 すると、社長の御子息の顔が一瞬にしてこわばり、「うちの、ちゅ、中隊長です……!」との返事。
 いやはや、ビックリ仰天!!であった。

 私は、恥ずかしながら、従兄の子が防衛大の何年生かさえよく分かっていなかったのだが、こんなことがあるなんて……という感じである。

 それにしても、社長や私と縁のある2人の子が、「偶然」にも同じ中隊の4年生(しかも中隊長)と1年生であったこと、そして、この「偶然」は今年1年限りのものであること、その貴重な年に、我々が「偶然」にも観客として訪れていたこと。
 単なる「偶然」とは言え、凄すぎる感じだ。
 本当に「運命的」ですらある。

 メインイベントの観閲式は、中隊ごとに整列行進する。
 我が従兄の子は、中隊長であるから、中隊を率いながら先頭に立って行進していた。何とも凛々しい姿であった。

 そして、同じ中隊の中に、社長の御子息の顔もシッカリ見てとれた。
 2人が同じ中隊で勇ましく行進している姿を見て、何とも言えない感慨深い気持ちになった次第だ。

 よもや、こういう展開になるとは思ってもみなかったので、安いデジカメしか持参しなかったのだが、それでも、その凛々しい姿をバッチリ写真におさめることが出来た。
 翌日、早速、従兄に写真を送付したが、大いに喜んでくれた。
 従兄は仕事の都合で参加できず、奥さんだけが参加したそうだが、デジカメを忘れてケイタイの写メでしか撮れなかったようなのだ。
 う~む。これも運命的だよなあ…。

 そう言えば、うちの親戚の中では、防衛大に入ったのは彼くらいだろうか。
 彼が、防衛大に入った理由の一つに「血筋」がある(おそらく)。
 彼は、あの「大田中将」の曾孫にあたり、彼の祖父(私の伯父)も、海軍経理学校を首席で卒業した大変優秀な軍人で、戦艦大和に搭乗するはずの人であった。もちろん、搭乗していたら、彼はこの世に生を受けていないけれど…。
 彼なりに、何かしら運命的な「引き寄せ」を感じたに違いない。まあ、勝手な想像ではあるが…。

 ところで、観閲式の際、中隊長は、出身校と氏名がアナウンスされる。
 場内のマイクで、「第23中隊を率いますのは、大阪府PL学園高等学校出身、板垣○○学生です。」というアナウンスが流れると、会場がドッと沸いた。
 おそらく、PL学園という校名が興味をそそったのだろう。
 私も含め、私の親戚は、実にPL学園出身だらけなのだ。

 PL学園という学校は変わっていて、全寮制で、軍隊なみの厳しい寮生活が伝統であった。
 今は、昔に比べるとメチャメチャゆる~くなったみたいだが、私が中学・高校生の頃は、それはそれは「厳しい」の一言であった。
 上下関係は絶対で、私も、上級生から「挨拶ができてない!」などと言われて、部屋に呼び出されて、長時間正座したままで説教されたこともある。

 軍隊の呼称にヒントを得たのであろうが、PL学園の中学生・高校生の各寮生全体は「大体」と呼ばれ、大体が「中体」に分かれ、中体が「小体」に分かれ、小体が「分体」に分かれ、分体が「部屋」に分かれる、という軍隊に似た組織構造になっている。
 それぞれ、部屋長・分体長・小体長・中体長・大体長という役職を寮生が担当するという仕組みだ。

 私は、中学でも高校でも「大体長」を経験することが出来た。
 当時はシンドイなあと思っていたが、結果的には、このような人前に立つ経験をしたことが、私の今の人生にも大いに役立っていると感じている。

 今回、このような行事に参加させて頂く機会が頂戴できて、本当に有難かった。
 いろいろな偶然もあったし、私自身の学生時代も思い出すことができた。
 もちろん、我々が感じていた「厳しさ」なんていうのは、国防を担う幹部たるべき防衛大生の厳しさからすれば、月とスッポンの違いだけれども、親元を離れての厳しい寮生活という体験によって、心身ともに本当に鍛えて頂いた気がする。

 まあ、身体の方は、今となっては、鍛えた痕跡はどこにも残っていないけどね……。