沈思雑考Blog

ソレイユ経営法律事務所の代表である弁護士・中小企業診断士
板垣謙太郎が日々いろいろと綴ってゆく雑記ブログです。

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36)足裏の米粒

 昨日、神奈川県の不正経理事件で、懲戒免職となった元税務課職員2名がついに逮捕された。
 彼らは、私的流用した億単位の税金を遊興費や生活費・教育費などに使っていたというのだから、開いた口がふさがらない。

 この手の不祥事が報道される度に、民と官の関係は、生活を切り詰めて仕送りを続ける「マジメな親」と親の苦労を何も知らない「ドラ息子」の関係に似ている気がしてならないが、この手の問題が無くならないのは、親がドラ息子の「道楽ぶり」をほとんど知らないからだ。
 いや、もっと言えば、親は毎日の生活に必死で、言われるがままに仕送りを続けているだけなので、ドラ息子にいくら仕送りしているのかさえハッキリ分かっていない、というのが最大の問題点だろう。
 我々の「血税」の扱われ方について、国民はもっともっと関心を持たねばならない。

 ところで、私は、平成14年8月から毎月1回、「K会」という某業界プロ集団の勉強会に参加させて頂いている。
 参加者が順番に講師役となって、自身の関心事について講演をするのだが、皆さん非常に勉強熱心で問題意識も高く、毎回、楽しみにしている会合だ。

 前回は私が講師役だった。専門外ではあるが、「税金」をテーマに講演したところ、問題意識の高い優秀なプロ集団でさえ、意外にもご存知ないことが多かったようだ。
 冒頭で税金の話題にも触れたので、せっかくだから、このブログでも取り上げてみたいと思う。

 世の中は、今、資格ブームである。不況による将来への不安感が背景にあるものと想像される。
 どれほどのブームかと言えば、大手資格学校が東証一部に上場してしまうほどで、資格産業は、どんどん巨大マーケットへと成長し続けている。

 一方で、多くの資格は、「足裏の米粒(足の裏のご飯粒)」と揶揄され、冷ややかな声も聞かれる。
 足裏に米粒が付いていたら、その米粒を、「どうしても取りたくて仕方がなくなるけど、いざ取ってみてもスッキリするだけで、とても食えたもんじゃない。」という意味だ。
 だが、こういった発言自体が「税金への無関心さ」を露呈している、というのが私の率直な感想だ。
 私からすれば、資格は「足裏の米粒」どころか、「足裏の砂金」であり、取ってしまえば、市場で十分換金可能な「財産」となるのだ。
 若干説明が長くなると思われるので、読んで頂いている方には大変申し訳ないが、このことについて、ちょっと論じてみたい。

 事業仕分けがクローズアップされた際にも指摘したが、源泉徴収制度と年末調整制度によって、サラリーパーソンは完全に「納税意識を剥奪」されている。
 おそらく、真面目に家計簿を付けている人でも、「収入」と言えば、「手取り収入」を意味するのであり、最初から「税金・社会保険料」は完全に無視されているはずだ。いわば、税金や社会保険料は、ドラ息子の言いなりに振り込む仕送りであり、「切り詰める」対象にすらなっていないことだろう。
 実は、このことこそが、国の「思うツボ」なのである。

 誰しも税金を支払うのは嫌だし、できれば安くしたいと願う。となれば、確定申告などという自主申告制度において、納税者全員が1円単位で正確に申告することなど到底あり得ない。このことは、国も重々承知だが、自営業者全員を対象に一斉に税務調査することなどコスト的に不可能なので、ある程度の税金を「取りっぱぐれる」こと自体、国も最初から想定済みである。
 だが、サラリーパーソンの場合、その給与額は、事業主が「勝手に」、しかも、「正確に」申告してしまうので、国からすれば、「徴税コストゼロ」で「決して取りっぱぐれない」という、とってもとっても「おいしい財源」なのだ。
 何とも簡単に徴収できる「おいしい財源」なので、サラリーパーソンが税金に無関心であればあるほど、国としては好都合なわけだ。

 俗に、「トー・ゴー・サン・ピン(10・5・3・1)」などと言われる。
 所得捕捉率の業界間格差を指摘した言葉で、給与所得者がガラス張りで全て(10割)の収入を国に捕捉されているのに対し、自営業者は5割、農林水産業者は3割、政治家は1割しか所得が捕捉されていないという意味だ。
 つまり、自営業者が事業所得300万円と申告していても、生活実態としては、600万円の収入があるのに等しい生活レベルという計算になる。
 まあ、もちろん、正確にこういう割合になるということではなく、あくまでも「イメージ」に過ぎないが、統計学的な根拠はあるようだ。

 かかる格差が生じてしまうのは、何も、多くの自営業者が悪質な脱税をしているということではなく、自営業者には「家計費の一部経費化」という、言ってみれば、合法的な「割引チケット」が存在するからだ。
 例えば、自宅を事務所と兼用にすれば家賃や住宅ローンの一部は経費となるし、自動車を事業用に使えば同様に経費(減価償却)となる。さらには、通信費・交通費・研修費・新聞図書費・交際費に至るまで、事業と関連していれば経費化できるのだ。
 サラリーパーソンであれば家計費やポケットマネーから支出すべき出費が、自営業者になった途端、ある程度の範囲で簡単に経費化できてしまうのであり、結果的に「経費算入額×税率」を定価から割り引いて購入できたのと同価値の経済的利益が得られるのである。
 この「割引チケット」があるから、事業所得300万円の人でも600万円の収入があるのと同等の生活レベルを維持できるというカラクリだ。
 となると、政治家の生活実態は、想像をはるかに超える「豪華さ」ということになるのだろうが…。

 知り合いに仲の良い自営業者がいれば、申告所得額を尋ねてごらんになるといい。もしも教えてくれるようならば、意外にも「低い」ことに驚くはずだ。
 まずは、このような実態をサラリーパーソンは知る必要がある。

 さて、本題に戻すと、資格と税金が何故リンクするのだろうか。
 資格を取得するということは、国や公的団体等から「専門知識・専門技能がある」と太鼓判を押されたわけである。つまり、その道のプロとして、堂々と「事業者」を名乗っていいのである。
 要するに、せっかく資格を取ったのなら、その道のプロとして「事業所得を確定申告しよう」ということが言いたいのだが、まだピンと来ない方もいるだろう。

 むしろ、「その道のプロとして食えりゃあ、何も苦労はしないし、そうなれば会社なんか辞めちゃうよ。ふざけるな!」という批判が聞こえてきそうだが、そもそも、最初から稼ぐ必要など全くないし、会社を辞めるなんて、あまりにも勿体ない!
 給与所得者には、「給与所得控除」という「架空の経費」が認められており、経費としての支出が現実には無くても「一律非課税」なのだから、これを有効活用しない手はないのだ。言ってみれば、給与所得控除は、合法的な「ウラ金」であり、せっかく国が認めてくれた「ウラ金」を自分から放棄する必要など毛頭ない。
 事業で儲けなくても、会社を辞めなくても、実は、ただ単に確定申告するだけで「十分な経済価値」があるのだ。

 では、確定申告すると何が起こるのか。

 ズバリ、税金が戻ってくるのだ。

  どういうことかと言えば、日本の税制では、給与所得と事業所得は「損益通算」が出来ることになっており、仮に、事業所得が「赤字」であれば、給与所得が赤字分だけ減額されて、税金の対象となる「課税所得が減る」ので、既に源泉徴収されている「税金」が戻ってくる(還付)という仕組みだ。
 もちろん、赤字でなくたって、「割引チケット」の恩恵は十分享受できるので、税金はグッと安くなる。

 2007年に「只野範男」(ただの・のりお)というペンネームで「無税入門」(飛鳥新社)という本を出版したサラリーパーソンがいる。
 私自身は中味を読んでいないので的確な論評は出来ないが、ネットの書評などをチェックすると、要するに、自身の体験をもとに、給与所得者が赤字の事業所得を確定申告することで税金を取り戻す方法を紹介したもので、上述の損益通算の仕組みを普通に利用しただけのことだ。
 とすれば、内容的には、決して目新しいものではない。

 この著者は、この手法を活用して37年間(発刊当時)もの間、所得税・住民税を全く支払っていないらしい。つまり、37年間ずっと赤字ということだ。
 ペンネームも「フリーライダー」(活動に必要なコストを負担せず利益だけを受ける人=税金を支払わずに公共サービスを受ける人)をもじったものと推測される。つまり、公共サービスに「タダ乗りする男」という意味なのだろう。

 なお、彼の個人事業は「イラストレーター」である。これは、絵の才能が無ければ、税務署から「あんた、ホントにイラストレーター?」と突っ込まれるのがオチで、誰もが真似できる業種ではない。
 だが、資格なら、誰でも勉強さえすればゲットできるチャンスがあるし、一旦取得してしまえば、誰も文句の付けようがない「専門家」であることを堂々と証明できるわけだ。

 本として出版されるくらいだから、一般の人はこの手法をあまり知らないのかも知れない。だが、一昔前の弁護士なら誰でも利用してきた定番の手法だ。
 今では事情が若干異なるが、従前は、弁護士登録をしたら、誰もが「イソ弁」(居候弁護士=勤務弁護士)として「ボス弁」(事務所経営弁護士)から給料を貰いながら一人前になるまで修業を積む、というのが普通だった。つまり、完全な給与所得者である。
 ところが、新人弁護士であっても、刑事事件の国選弁護人などに選任されることはあるわけで、そうなれば、必然的に事業収入を得ることになり、事業所得者にもならざるを得ない。
 もちろん、初年度の事業収入などは微々たるものであり、とても「稼ぐ」などというレベルではない。だが、弁護士会の会費に始まり、警察署・裁判所に行く際の交通費、通信費、研修費、新聞図書費、さらには事業用の自動車など、いわゆる「経費」はどんどん発生してくるので、初年度の事業所得は「赤字」となるのが普通のパターンなのだ。
 結果、源泉徴収された税金が還付されるという仕組みだ。

 一時、サラリーパーソンの副業として、「マンション経営」などが持て囃されたが、マンション経営は、儲かればその金額も巨額になる一方、どうしても多大なリスクが伴う。
 だが、資格業は「ノーリスク」である。
 自宅兼事務所でやる程度なら、元々サラリーパーソンとしても必要な道具(パソコン・プリンター・通信機器)さえあれば足りるので、プラスαで何らかの出費をする必要すら無いかも知れない。それに、税金を取り戻すことだけが狙いなら、只野範男氏のように、ず~っと赤字でいいわけだし…。

 要するに、ノーリスクなのに、確定申告するだけで、合法的な「割引チケット」が利用でき、税金をどんどん安く(場合によってはゼロに)することが可能だということだ。
 確かに、「資格だけで食う」のは大変であるが、他にメシのタネがあるならば、資格は、自己実現や自身の労働市場価値を高めるという意味だけにとどまらず、税金の還付という「臨時ボーナス」をゲットできる「足裏の砂金」なのだ。

 この手法が確立できれば、「小遣いを毎月5000円減らすより、税金を毎月1万円減らす方がよほど簡単」だということに気付くはずだ。

 もちろん、最終的には、資格業でも十分に稼いで、「二足のわらじ」を履くのが理想であり、目指すべきはソコなのだが、最初は赤字でも十分節税になるのだから、資格をゲットしたら、すぐさま活用した方がよいに決まっている。

 資格である程度稼げるようになれば、「青色申告」を活用していくことで更なる節税が可能だし、売上がキッチリ「高値安定」してくれば、「法人化」という節税の最終手段を利用することも可能になる。但し、「士業法人」は、節税という観点からだけでは、あまりメリットがないようだが…。

 いずれにせよ、資格で稼げるようになれば、資格は、もはや「足裏の砂金」どころではなく、「打ち出の小槌」へと化けるかも知れない。

 税金について無関心だったという方々、末尾の2つの言葉をじっくり噛み締めて頂きたい。
 私自身、法制度や裁判という特殊な紛争解決システムについて、日々実感する言葉である。
 そして、だからこそ、政治家は「おいしい職業」であり続けるのだと思う。

~制度というものは、それを熟知している者だけが得をするように仕組まれている。~

~ルールも知らずにゲームに参加する者はいない。ところが、「社会」という壮大なゲームでは、ルールを知ろうとする者すら極めて稀である。~