沈思雑考Blog

ソレイユ経営法律事務所の代表である弁護士・中小企業診断士
板垣謙太郎が日々いろいろと綴ってゆく雑記ブログです。

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199)民法200日ルール

今月に入ってからというもの、全く休みが無~い!
この土日もシッカリ仕事なので、明日(11月23日)こそは「絶対休むぞ!」と思いながら、このブログを書いているところ。

ところで、今日(11月22日)は、「いい夫婦」の日。
今回は、そんな日には似つかわしくない話題となってしまうが、どうぞお許しを。

今月19日、元光GENJIメンバーの大沢樹生氏が長男(18歳)を相手に起こした「親子関係不存在確認訴訟」の判決が下り、血縁関係を否定したDNA鑑定が決め手となって、大沢氏の勝訴となった。
つまり、「法律上の親子関係は無い」との結論だ。

法律上の親子ではないとなれば、扶養も相続も「無関係」ということになる。

長男の立場からすれば、18年間も「親子」として生きてきたのに…という割り切れなさで一杯だろうし、何とも「せつな~い」気分になる事案だよね。

この話、法律的にも相当ややこしい問題。
ワイドショーなんかでも、弁護士がコメンテーターにいないと、必ず1つや2つの間違い発言をしている感じだね。

そもそも、夫婦の間に生まれた子が「夫の子」かどうかは、妻を信じるしかない問題。
今ではDNA鑑定という科学的手法で、真実を知る術はあるが、多くの夫は、そんなことをしてみようなんていう発想にすらならないはずだ。
勿論、妻を信じているであろうし、何よりも、愛情を注いで育ててきた子に対し、「この子は私の子だ」という確信が芽生えるからに他ならない。
もはや、真の血縁関係があろうがなかろうが、大した問題でもなくなっているのでは。
それは、子にとっても同じことで、「この人が私の父親だ」と確信して成長してきたワケであり、大人になってから、それを根底から否定されたら、たまったものではない。

ということで、民法772条1項では、
「妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。」
と規定し、DNA上の血縁関係よりも、婚姻中の子という法律関係を重視する立場を採用したのである。

とは言え、妻の懐胎時期を正確に知ることは難しい。
一般的には、「最終月経開始日から280日」が標準的な妊娠期間とされ、最終月経開始日から排卵日までの14日を引くと、受精から出産までは「266日」というのが標準期間らしいので、大まかには懐胎時期を推定することは出来よう。
だが、それでも、1日単位で正確に懐胎時期を特定するのは現代医学でも困難である。

そこで、民法772条2項では、
「婚姻の成立の日から200日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から300日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。」
と規定し、懐胎時期特定の困難さを緩和している。

これが、いわゆる「200日ルール」・「300日ルール」というものだ。

懐胎から出産まで「266日」を標準とするならば、どんなに早くても婚姻から200日以内には生まれないだろうし、どんなに遅くても離婚から300日以内には生まれるだろう、ということなんだろう。

ここで注意すべきは「推定」という言葉である。
法律用語としては、「みなす」との違いが重要。
「みなす」とは、「たとえ事実と違っていても、そうする。」という意味であり、
「推定する」とは、「事実と違うことが証明されない限り、そうする。」という意味だ。
つまり、「反証があれば、その推定は覆る。」ということ。

ところが、民法772条の「推定」は少し変わっている。
この「推定」を覆す方法が、極めて「限定的」なのだ。

まず、民法774条では、
「第772条の場合において、夫は、子が嫡出であることを否認することができる。」
と規定し、推定を覆すことができる者を「夫」だけに限定したのである。

加えて、民法777条では、
「嫡出否認の訴えは、夫が子の出生を知った時から1年以内に提起しなければならない。」
と規定し、夫が推定を覆すことができる期間を「1年」だけに限定した。

つまり、
婚姻から200日経過後~離婚から300日以内に生まれた子は、
夫が1年以内に否認しない限り、
夫の子であるとの推定を覆すことができなくなる、
ということなのだ。

その意味で、夫が1年間否認しない場合は、民法772条の「推定」は「みなす」に変容してしまうということなんだよね。

今回の大沢氏の長男は、なんと、「婚姻後200日目」に生まれているらしい。
民法772条では、「婚姻後200日経過後」に生まれた子に「推定」が及ぶ。

たった1日(正確には数時間?)の差である。

つまり、出生日が1日後にずれるか、婚姻届の提出日が1日前にずれていれば、この長男には、民法772条の「推定」が及んでいたので、大沢氏に対しては、「今さら否認はできないよ!」ということで、大沢氏敗訴という真逆の結論になっていたはずなのだ。

う~む。
ますます、長男にしてみれば、やるせないよね。

民法772条の「推定」が及ばない子については、DNA鑑定などで血縁関係がないと証明されれば、法律上も親子関係が否定される、というのが現在の裁判実務。
そして、この「親子関係不存在確認の訴え」は、夫以外でも、利害関係のある者なら誰でも提起できるし、1年間に限らず、いつでも提起できる。

たった1日の違いで、ある日突然、親子関係を否定されてしまうという「甚大なリスク」の有無が、こうも明確に「線引き」されてしまうんだよね。
ルールである以上、仕方ない面もあろうが、何ともツライ話。

民法772条の推定規定自体は、父子関係を早期に安定させるという「子の福祉」を重視した規定なので、1年経過したら、事実は重視しないということなんだね。
これはこれで、一理ある規定とも言える。

この点、最高裁は、昨年7月17日の判決で、DNA鑑定で血縁関係が無いと判明した親子について、「科学的証拠で生物学上の父子関係がないことが明らかになっても、法的安定性の保持は必要」とし、「法律上の父子関係と生物学上の父子関係が一致しないこともあるが、民法は容認している」と結論づけている。

法律上の親子関係というのは、扶養関係や相続関係に直結する。
特に、大きな遺産を残して父親が死亡した場合には、子供同士で「争族」問題が勃発し、子供らの中に、もしも「親子関係を否定できそうな子供」がいたならば、他の者は何とか否定したくなるだろう。

以前、本ブログの40)でも記事にしたことがある「藁の上からの養子」の場合もそう。

40)藁の上からの養子

藁の上からの養子というのは、他人の子を「実子」(嫡出子)として「出生届」が出された子であるから、そもそも「妻が懐胎した子」ですらない。

従って、民法772条の推定は及ばず、
父親が死亡した後に、いきなり、兄弟姉妹から「親子関係不存在確認の訴え」が提起される可能性があるということだ。

これも、非常にツライ話。

私が担当した事案も、遺産分割に絡んで不当にも訴えられたワケだが、結局、最高裁まで訴訟は続いたものの、当方勝訴で確定し、無事に遺産分割まで終えることができた。
相手方の請求が「権利濫用」であると認められた次第だ。

最終的に勝訴できたから良かったとは言え、訴えられた方はたまったものではない。
後味だって悪いし、家族関係は崩壊だ。

ちょっと話がずれたが、とにかく民法772条は強力な規定である。
この規定の推定が及ぶか否かで、決定的な違いが出る可能性がある。
婚姻中に生まれた子の場合は、これから父親と一緒に暮らしていくワケだから、推定が及んだ方がよい場合が多かろう。
一方、離婚後に生まれた子の場合には、父親とは離れて暮らし、母の再婚相手を父親として暮らしていく可能性が高く、むしろ推定が及ばない方がよかったりもする。

離婚後300日以内に生まれた子は前夫の子と推定されてしまうワケだが、事情によっては、前夫の協力が全く得られない可能性もある。
前夫だって、扶養義務は負いたくないから、普通は協力するが、DV事案などでは、協力してもらうなんて、到底あり得ない話だ。

このような場合、「離婚後に懐胎した」という医師の証明書があれば、そもそも民法772条の適用が無くなるので、前夫の協力がなくても、何とかなる。
だが、医師の証明が出ない場合、前夫の協力が得られないままに1年が経過してしまうと、前夫の子であるとの推定が覆せなくなってしまう。
やはり、これはツライところだ。

子の人生をも大きく左右する「200日ルール」と「300日ルール」。
たった1日の違いで悲劇が生まれることもあるワケだ。
なお、民法は初日不算入なので、婚姻当日や離婚当日はカウントしないので、要注意。

まあ、親の勝手な都合で、子の人生を台無しにすることのないよう、よ~~く、よ~~く考えてから行動してもらいたいもんすね。