沈思雑考Blog

ソレイユ経営法律事務所の代表である弁護士・中小企業診断士
板垣謙太郎が日々いろいろと綴ってゆく雑記ブログです。

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82)自転車男性に実刑判決

 昨日(11月28日)、大阪地裁で異例の判決が言い渡された。

 大阪市浪速区で、今年5月、タンクローリーが歩道に突っ込んで2人が死亡した事故で、タンクローリーの運転手ではなく、直前に自転車で道路を横断した男性に対して、「死亡」に対する刑事責任(重過失致死罪)が「ある」とされ、禁固2年の実刑判決が言い渡されたのだ。

 事故の大まかな態様は、自転車に乗っていた男性が、信号機のない道路を安全確認もせずに無謀な「横断」をしたため、その自転車を避けようとしたワゴン車が急激な進路変更をし、そのワゴン車を避けようとしたタンクローリーが急ハンドルを切って歩道に突っ込んでしまったというもの。

 因果の流れからすれば、自転車男性の無謀な横断さえなければ、事故が発生しなかったこと自体は明らかなのだが、途中で、ワゴン車の運転手とタンクローリーの運転手という2人の「行為」が介在しているにも関わらず、自転車男性だけに「死亡」に対する刑事責任を負わせたという点で、極めて異例なのである。

 法的責任を問う場合に問題となる因果関係というのは、科学的見地からの因果関係(存否の問題)ではなく、その法的責任を負わせるべきかどうかという法的評価を伴う因果関係(是非の問題)である。
 言ってみれば、法の趣旨に照らした「価値判断」というフィルターを通過する必要があるのだ。
 特に、刑事責任というのは、国家権力による刑罰の執行という重大な人権侵害を正当化するものであるから、より慎重な認定がなされるべきものである。

 そういった意味で、今回のケースでは「無罪」という結論も十分に想定されたのだが、裁判所は、一歩踏み込んだ厳しい結論を導き出した。
 裁判所がここまで踏み込んだ背景には、近時、社会問題となっている自転車の「無謀運転」に対する危機意識があったはずである。
 今回の判決は、自転車を運転する人々の「自覚の無さ」に警鐘を鳴らすものに違いない。

 今回、タンクローリーとワゴン車の運転手は、逮捕はされたものの、処分保留のまま釈放され、結局、刑事責任は問われていない。

 判決後、この自転車男性は、「俺が悪いんですか!向こうは車で殺したんですよ!」と強い口調で訴えたそうだ。
 この自転車男性の「反省の無さ」には呆れるばかりだが、事故現場では、今でも、無謀な「横断」が後を絶たないと言うから驚きだ。

 ある時は「歩行者」のように振る舞い、またある時は「自動車」のように振る舞う自転車という「中途半端」な存在と、我々が如何に「共存」していくのか、早急に、国民的議論をしていく必要があろう。

 ところで、今朝のワイドショーを見ていたら、民事の賠償問題はどうなるのかという議論がなされていた。
 コメンテーターいわく、「タンクローリーの運転手が刑事責任を問われないなら、保険会社も『保険は出せません』ということになる。自転車に乗っていた人に支払能力がなければ賠償が実現しないので、そこまでセットで考える必要がある。」とのこと。
 セットで考えるという意味がよく分からなかったが、民事責任がどうなるかを見越して刑事責任を判断しろ、ということなのだろうか?

 まあ、いずれにせよ、この論評は誤りである。
 刑事責任と民事責任では、問われていることが全く違うからだ。

 刑事責任は、国家権力による人権侵害(刑罰の執行)を正当化してもよいかどうかという問題であり、民事責任は、被害者救済のために誰に賠償責任を負担してもらうべきかという問題である。
 つまり、刑事責任を認定するハードルは相対的に高く(安易な人権侵害は抑制すべきだから)、民事責任を認定するハードルは相対的に低い(被害者救済をできる限り促進する必要があるから)のである。

 話を分かりやすくするため、例えば、今回の事故で、自転車男性の責任が「70」、ワゴン車運転手の責任が「10」、タンクローリー運転手の責任が「20」だったと仮定する。

 刑事責任というのは、国家権力による人権侵害を伴うので「相当に責任の重い者」しか起訴すべきではないから、仮に、責任が「60」以上の者しか起訴しないというルールを設定したとすれば、今回、自転車男性だけが起訴されたのは当然の結論ということになる。

 だが、これは、あくまでも刑事責任「特有」のルールに過ぎず、他の2名が民事責任を問われないという保証はどこにもないのだ。

 民事責任の場合は、わずかに「1」でも責任があれば、共同不法行為者として賠償責任を負うので、民事責任という点では、自転車男性だけでなく、ワゴン車運転手もタンクローリー運転手も含め、3名全員が共同不法行為者として賠償責任を負う可能性は十分にあるというワケだ。

 しかも、人身事故の場合には、自動車損害賠償保障法という被害者救済を目指した特別な法律が適用され、運転手は自分が「無過失」であることを立証しなければ賠償責任を免れないと規定されている。
 
 これは、事実上不可能に近いと言われており、本件でもタンクローリーとワゴン車に付いている自賠責保険や任意保険が利用できる可能性は高いのだ。
 従って、本件では、被害者遺族への賠償は十分になされるに違いない。

 もちろん、このようなモラルの低い自転車男性が「自転車保険」に加入している可能性はゼロであろうから、自転車が単独で引き起こした死亡事故であれば、被害者遺族は全く浮かばれないことになるのだが……。

 以前にも本ブログで記事にしたことがあるが、自転車保険には是非とも加入して頂きたいものだ。
 最近では、コンビニで気軽に自転車保険加入の手続きができるようになったそうだから、まだの人は大至急!!のご加入を。

 ちなみに、以前の記事(「入ってます?自転車保険」)は下記URLから。

 http://www.soleil-mlo.jp/blog/ono/801/

 

 それにしても、裁判ネタを取り上げるのに、何故、弁護士をスポットで呼ばないのだろうか。文化人(弁護士)のギャラなんて安いもんなんだし。
 知識人らしきコメンテーターがもっともらしいことを言えば、視聴者は何の疑いもなく、その発言を「鵜呑み」にしてしまうんだから、作る側は、その影響の大きさをもっともっと自覚して欲しいものだ。

 最近のテレビでは、専門家が一人もいない中で、素人の出演者だけで不毛な議論をしている光景を度々目にする。
 作り手は、視聴者に有用な「情報」を提供しようとしている「つもり」なのだろうが、情報ではなくて「誤報」ばかりを流す結果になってやしないだろうか。

 そうならば、もはや、貴重な公共電波を独占する資格すらないのでは?