沈思雑考Blog

ソレイユ経営法律事務所の代表である弁護士・中小企業診断士
板垣謙太郎が日々いろいろと綴ってゆく雑記ブログです。

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138)任せるということ

 中小企業の社長が最も苦手なことの1つだ。

 特に、創業社長というのは、自ら「組織の歯車」となることを良しとせず、
自身の「技能と行動力」だけで事業を築き上げてきた人だ。
 当然ながら、すこぶる有能なワケで、何でも自分一人でテキパキとこなすだ
けの力量がある。
 他人に任せておくよりも、自分でチャチャッとやってしまった方が速くて正
確ということにもなろう。
 そして、いつの間にやら、他人に「任せる」という発想すら消え失せてしま
うに違いない。

 だが、これでは、組織は永久に育たない。
 つまり、いつまで経っても、社長の名を冠した「〇〇商店」のままであり、
社長の引退時期=廃業時期となってしまうのだ。
 社長の引退時期を目前に控えて、あわてて後継者育成を企図しても、遅きに
失することは明々白々。

 組織に必要な役割は3つしかない。
 リーダー、マネージャー、プレイヤーの3つだ。

 リーダーの仕事は、組織の意思決定と最終責任を取ること。
 マネージャーの仕事は、決定事項を遂行すべく組織を統制すること。
 プレイヤーの仕事は、個々の生産活動に従事すること。

 創業当初というのは、創業社長は、リーダー・マネージャー・プレイヤーの
1人3役をこなしていたはずだ。
 しかも、見事なまでに。

 だから、ついつい他人に「任せる」ということが苦手なまま、組織だけが勝
手に大きくなってしまうという事態に陥る。

 イギリスの経済学者デヴィッド・リカードが提唱した概念に「比較優位の原
則」というものがある。
 中小企業診断士の受験勉強では必ず学習する内容だ。

 比較優位の原則とは、一国の経済において、他国よりも「比較優位」を持つ
財やサービスの生産に特化し、「比較劣位」にある財・サービスは輸入すると
いう選択をすることにより、互いに多くの財を消費できるという「国際分業=
貿易」のメリットを説明する理論である。
 そして、「比較優位」とは、『「国内での相対的有利さ」を国ごとに比較し
たときの相対的有利さ』という、二重に相対比較した時に優位にあることを表
す概念である。

 とまあ、ホントに日本語かいな?という文章であり、何を言っているのか全
く分からないと思われるので、単純な例を。
 但し、数字は全くのデタラメなので、ご留意。

 例えば、日本において、テレビ1台を生産するのに10人月(にんげつ。1
0人がかりで1月を要する仕事量ということ。つまり、5人でやれば2月を要
する。)を要し、ワイン1本を生産するのに5人月を要するとする。

 一方、イタリアでは、テレビ1台を生産するのに30人月、ワイン1本を生
産するのに6人月を要するとする。

 今、日本とイタリアには60人の労働者がいるとして、テレビとワインの生
産に30人ずつ1ヶ月従事してもらった場合、両国で生産できるモノを比較す
ると、次のとおり。

 日本では、テレビ3台とワイン6本。
 イタリアでは、テレビ1台とワイン5本。

 つまり、テレビもワインも、ともに日本の方が生産性が高い。
 この場合、日本はイタリアに対して、テレビ・ワインの生産において「絶対
優位」の立場にあるという。

 ということは、テレビもワインも日本で生産した方が良いという結論になる
のか?

 いやいや、そうではない。

 仮に、日本がテレビの生産に特化した場合(60人全員でテレビを生産する
ということ)、1ヶ月でテレビは6台生産できるが、ワインの生産に特化した
場合は、1ヶ月でワインを12本生産できるのがやっとだ。
 テレビとワイン、いずれかの生産に特化するということは、テレビ6台とワ
イン12本を天秤にかけるという話。
 日本でのワインの生産性は、12÷6=2で、テレビの2倍となる。

 一方、イタリアがテレビの生産に特化した場合、1ヶ月でテレビは2台しか
生産できないが、ワインの生産に特化した場合は、1ヶ月でワインを10本生
産することができる。
 イタリアでのワインの生産性は、10÷2=5で、テレビの5倍となる。

 ここで、日本とイタリアにおいて、テレビに対するワインの「相対的有利
さ」を比較すると、イタリア(5倍)が日本(2倍)よりも「相対的有利」で
あることが分かる。
 この時、イタリアは日本に対して、ワインの生産において「比較優位」の立
場にあるというワケだ。

 逆に、テレビについて言えば、日本(6÷12=0.5倍)はイタリア(2÷
10=0.2倍)に対して「比較優位」にある。

 で、比較優位の原則が何を言っているかというと、イタリアはワインの生産
に特化し、日本はテレビの生産に特化して、国内で消費し切れないモノは、そ
れぞれ相手国に輸出しなさい、ということ。

 日本がテレビの生産に特化し、イタリアがワインの生産に特化した場合、そ
れぞれ60人月では、テレビ6台、ワイン10本が生産される。

 仮に、日本での国内月間需要が、テレビ4台、ワイン3本だとし、イタリア
での国内月間需要が、テレビ2台、ワイン7本だとすると、日本からイタリア
へテレビ2台を輸出し、イタリアから日本にワイン3本を輸出すれば、すべて
ハッピーということだ。

 両国が貿易をしなかった場合は、次のような結果であった。

 日本では、テレビ3台とワイン6本。
 イタリアでは、テレビ1台とワイン5本。

 そう、貿易をしないと、日本ではテレビが不足し、イタリアではテレビもワ
インも不足してしまい、ともにアン・ハッピーということ。
 だから、比較優位の産業に特化して自由貿易をしなさい、というのがリカー
ドの言いたかった話。

 まあ、長々と書いてしまったが、この原則は、組織での役割分担にも当ては
まるというワケで、経営コンサルタントの国家資格である中小企業診断士の試
験でも必須の内容となっているのだ。
 組織でも、個々人における「比較的得意」な分野に特化することがミソ。

 中小企業の社長は、リーダー業務も、マネージャー業務も、そして、プレイ
ヤー業務も、どれもこれも、他人(部下)より秀でていたとしても、そこはグ
ッと我慢して、リーダー業務に特化すべきなのである。

 中小企業診断士の実務補習の際、ある有能な社長さんに対して、比較優位の
原則を示しながら、部下に「任せる」ということをプレゼンさせて頂いたこと
がある。

 有り難いことに、大変に好評価を頂戴できたのだが、有能な人ほど、どうし
ても苦手なままにしてしまうのが、この「任せる」ということなのだ。
 このことは、その社長さんも、しみじみと実感されていた。

 もちろん、有能な社長からすれば、「できないから任せられない」という言
い分なんだろうけど、そもそも「任せない限り育たない」というのが正解なん
だよねえ。
 よく言われるように、「イスが人を育てる」ということ。

 そうは言っても、当事務所のような零細企業では、代表である私がリーダー
業務だけに特化することは、まあ不可能であろう。
 プレイヤー業務を放棄したら、アッという間に、当事務所は廃業だ。

 だが、それでも、マネージャー業務は事務局がチャ~ンと担ってくれている
し、澁谷弁護士の加入により、私のプレイヤー業務の負担は相当に軽減されつ
つある。
 
 事務局にしろ、澁谷弁護士にしろ、私としては、完全に信頼して任せている
ので、時間的にも精神的にも、私の中に「ゆとり」が生まれたのは事実だ。

 最近、つくづく「時間」という有限資源の有り難みを感じるし、本当に「任
せる」ということの大切さも痛感している。

 近い将来、リーダー業務とプレイヤー業務とが半々くらいの負担になってく
れると、ホントにサイコ~だよなあ。